【雑記】演劇学校時代の恩師が亡くなった

演劇学校時代の恩師が亡くなった

演劇学校に通っていたときに師事していた恩師が亡くなった。

コロナ禍ということもありライブ中継での参列となったのだが、ライブ中継で多くの事実を知った。

原因は乳がんとのこと。
発見時にはすでにステージ3だったようで(ステージ3の5年後の生存率は50%ほど)、発見時は治療に成功したものの、1年後に再発し、亡くなった。残念でならない。

僕の祖母(父方)も乳がんになったことがあり、片方の乳房をすべて摘出することになったものの、いまも生きている。認知入っているけど。
そのこともあり、乳がんはほとんど完治する病だと思っていたのだが、どうやらそんな甘いものではないらしい。

我が家はガン家系だ。
僕が小学生のころに父親はガンで亡くなり、祖母(母方)も胃ガンで亡くし、祖父(父方)も肺ガンで亡くしている。

ガンの存在が憎くて仕方がない。

13年振りに恩師の顔を見た

僕が演劇学校に通っていたのは、いまから13年ほど前のこと。

それ以来、恩師とはお会いしていなかった。劇団(事務所)を退所してしまったということもあり、会うのが気まずかったというのもある。
相談もせずに勢いで辞めてしまったため、合わせる顔がなかったともいえるだろう。

退団後は会う機会がなくなり、演劇学校を卒業してからそのまま13年くらい会っていない。
僕はもう芝居の道をやめてしまったので、日を増すごとに恩師たちの存在を忘れていったのだが、この度、恩師の訃報をうけて”あること”に気がついた。

それは、ライティング業務において心の支えになっていたのは恩師から受けた言葉だった、というものだ。

僕のブログライティングは、演劇界で学んだことがベースになっていたと気づく

僕は以前、体調を崩したことをキッカケに仕事を退職せざるをえなくなり、ブログライティングをおこなうようになったという経緯がある。

ライターというのは孤独な仕事だ。
誰かに師事するわけでもなく、なにもかも自分一人で考えて実行しなければならないし、判断もすべて自身に委ねられている。

誰かから指示されることはなく、よほどのことがなければ声をかけられることもない。書けども書けども無反応だし孤独…という世界だ。
当然、同僚や部下、上司もいないし、仕事あとの”飲み”もない。

ありがたいことに、最近はお問い合わせメッセージをいただけることも増えてきたけれど、それでも一般的な仕事にくらべると人と接触する機会は少ないといえるだろう。
友達もほぼゼロなので、マジで孤独死しかねない。

ただ、人間関係に悩まなくていい分、メンタル的には楽なところもある。
とはいえ、ときとして自分のやっている行為が正しいことなのか、あるいは間違っているのかわからなくなることも。というか、いつもわからない。
先が見える業務ともいえず、安定しているともいえない。ギリギリチョップだ。

常に視界が暗闇に包まれていて、ほとんど手探り状態。わかりやすい将来性のあるマップなどなく、先のことなどなにもわからない。
まるで、松明を持たないまま暗黒の洞窟に放り込まれたような世界観だ。

これまでに、ブログライティングを辞めようと思うことは何度もあった。
正直いって、命を絶ちたいと思うほど辛いときもあるが、それはこれまでの人生のなかで何度もあったことなので、今に始まった事ではない。

しかしまぁ、たった一人で黙々と作業をこなすというのはなかなか孤独だし、不安になることもある。
そんななか、ライティングをおこなうにあたり唯一心の支えになっていたのは、この度亡くなった恩師から受けた言葉の数々だ。

たとえば、以下のような言葉を恩師から受けた。記録としてここに記載しておきたい。

「100%やりきった!良い芝居ができた!これで努力が結ばれて、結果が出るはずだ…と思い込んでいるのは役者自身だけ。7割くらいが丁度いいのよ」

「あなたは”大砲”みたいな人。一発のエネルギーが大きいタイプね」

「あなた、文才あるわよ。でも、俳優になりたいのか作家になりたいのかわからない。ハッキリしなさい→(1年後)俳優になるという覚悟ができたみたいね」

「なんでも音楽に例えて解釈するのをやめなさい。演劇は演劇、音楽は音楽でわけて考えないとダメよ」

「あなたの気分はクラスに影響を与えやすいんだから、しっかりしていなさい」

「ありのままで居なさい。強い人というのは、自身の弱い部分を認めて受け入れられる人のことなんです」

「”たま節”は卒業してからにしなさい。今はクセを抜くこと」

「芝居は”エンジョイ”なのよ」

「芝居なんて所詮”芝居”でしかない。人の命のほうがよっぽど大切なのよ!あなたは間違っていません(僕が人命救助を優先し、公演の稽古を蔑ろにし同期からバッシングを受けていたときに)」

「お客さんはアナタ個人の想いとか事情とかキモチを観に来ているんじゃありません。アナタが演じる”役柄”の目的や人生、アクションを見に来ているんです。アナタの”仕事”を観にきているんです。アナタの事情なんてお客さんには関係ありません。”俳優の仕事”に集中しなさい」

「アナタの目的はなんですか?目的と事実だけを演りなさい」

「受動的ではなく、能動的な人間になりなさい」

ほかの講師にいわれたことはほぼ忘れてしまったのだが(すみません)、恩師にいわれたことだけはなぜか今でも記憶に残っている。

僕が恩師を好いていたということもあるけれど、彼女からは”生き方”のマインドそのものを習ったようなものなのかもしれない。

いずれにせよ、彼女の存在は僕の人生に大きな影響を与えていたのだと、いまになってから気がついた。

失ってから気付くのでは遅い。

家族を亡くしたあとに学んだつもりだったが、本当に大切なものというのは時間が経つにつれて忘れてしまいがちだ。
今一度、あらためて胸に刻んでおきたい。

まとめ

孤独という感情はブログライティングのみならず、ほかの仕事をする人にも身近なものだといえる。
しかし、心に迷いがうまれたとき、頭のなかに流れてくるのは過去に信頼していた人の言葉だ。

僕は彼女から学んだものに何度も励まされ、そして生かされてきた。彼女が僕たち生徒に与えた影響は計り知れないものだったといえるだろう。

厳しい人だったが、それと同時に愛に溢れており、生徒想いの素敵な人だった。
演劇生1年目、「あぁ〜次は永実子さんの授業か〜すげぇ嫌だな〜キツいんだよなぁ〜俺の番まで回ってくるな!」と思いながら受講していたのも、いまとなっては懐かしい思い出だ。

松本永実子さまが安らかに眠られますよう、お祈りいたします。

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