本当はハードルアーで釣りたいのに、気づいたらワームばかり増えていた/特別な存在に”成ろう”としなくても良い

ここ数年はテキサスリグやラバージグ、フィネスとかのワームの釣りばっかりになっちゃってます。

たまにクランクとか使うけど、6~8割はワームでの釣果なので、実はあんまり楽しくない。

自分の中で、ルアーフィッシングは「釣れりゃあ良い」ってもんでもなかったり…。

2020年、ハードルアーで釣った魚を数えてみたら、なんと10本も釣ってなかったです。

「とになく釣らなきゃ!結果を出さなきゃ!」とワームばかり使ってたけど、久々に冬の野池でジャークベイト使ったら面白かったので、気持ちの流れや感じていることをボヤいていくエントリー。

本当はハードルアーで釣りたいけど、気づいたらワームばかり増えていく

僕が好きなのはワームじゃないんだけど…

なんか気づいたらフリッパーというか、カバー撃ちばっかりやってるんですけど、そもそも好きでやってたわけでもなかったんじゃないかと思ったり…。

もちろんオールドスクールな「撃って・巻いて」の釣りも面白いのですが、やっぱりハードルアーを投げているほうが気持ち良いんですよね。

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この間、タックル整理してたときにフと思いました。

「あれ?なんでオレはカバー撃ち・フィネスばっかりやってんだ?

本当にやりたいのはハードルアーの釣りなんだけど…」

なんか、タックルのメインがワームばっかりなんですけど…

ホッグワームとか多すぎなんですけど…

ハードルアーの数がめっちゃ少ない、ということに気づく。

「オレはハードルアーの釣りがメインなのに、いつの間にかワームメインになっとるやんけ」と、今の自分の取り組み方に愕然としてしまった。

●釣れるから使う

●結果を出せるから使う

こんなことばっかり考えてたら、いつの間にかワームが8割ですわ…。

目先の結果(釣果)を求めるあまり、いつの間にかワームばかりになっていた自分。

何年くらいワームメインでやってたんだろう。たぶん3年くらいは撃ち物ばっかやってたかと思います。めっちゃ好きってわけでもないのに。釣れるからやってただけなのかもしれませんね。

「好き、やりたい」ではなく、『得意、釣れる、結果が出せる』からやってただけ。それって仕事と変わらない。なんか”アソビ”から遠ざかっていた取り組み方をしていたのかも。

実はここ半年くらいバス釣りが面白くないんですよね。

それもそのはず、テキサスリグやリーダーレスダウンショットリグばっかり投げてるからです。全然”巻いて”ないし、ジャークもトゥイッチもしてないし、トップでルアーアクションなんてさせてない。

ちょっと前にビッグベイトで釣りましたが、アレもなんだかシックリこないというか…たぶんブログで記事を書くための勉強として投げてる感じ。

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釣りは仕事ではなく”アソビ”。

「なんだか、結果を出すだけの取り組み方に辟易しました」というボヤきを毎年しているんですが、今度ばかりはマジな感じ。疲れてるのかな。コロナとか仕事とか人生に。

”仕事”的な取り組み方じゃなくて「遊ばせてくれよ」と、心が叫びたがっているんだ。

自分より遥かに優れた釣果をあげる人なんて腐るほどいるんだからさ、釣果を出すのはそういう人たちにお任せして、自分はのほほんと楽しくバスフィッシングをやっていればそれでいいんじゃないの…と感じたりしてます。

上には上がいるし、下には下がいる。だったら好きなことやっておけばいいんじゃないの

昨今はインターネット社会なので、自分より優れている人間の結果が”直”に入ってきますよね。

50アップを釣ろうが、真冬にデカバスを釣ろうが、「へぇ、釣ったんだ、すごいね」と簡単に流される。魚釣っても別に珍しくもない。そんな風に解釈されがちな時代。

「アナタの釣果とか実績はいいからさ、とりあえず有益な情報を頂戴よ」なんて風に、個々人の釣果に価値がなくなってきているのが現状だと思います。

だからこそ「自己納得感、自己満足感」を重視して遊んだほうがいい。が、ネットやってると他人の釣果につい影響されちゃう。僕は外部に影響されやすいタイプなので、余計にシンドい。ツイッターとかシンドい。ムリ。工夫して取り組まないとムリ。

インターネットを徘徊していると、無名のアングラーの釣果が嫌でも目に入ってきます。

それに対してライバル心を燃やして競争してしまいがちになるけど、なんだか精神的に苦しくなっていることに気づく。

終わりない競争に巻き込まれている感があります。

僕は30代中盤だから、もう何かしらのプロになれる可能性は薄いわけで、現実には自分よりもっと若くて釣りもギターも収入もブログも、何もかも優れている人間がたくさんいる。

だったら自分は、どういう在り方でこの先生きていけばいいのか、などと思い悩んでしまった。

そんなときにフと思いました。

「どうせ誰かしらより劣っているんだし、あるいは誰かしらより少しは優れているんだし、自分なんて”フツー”な人間でしかない」

「無理してオリジナリティとかセルフブランディングとか”価値”とか追求しても、結局、他人からみた自分は『どこにでもいるオッサン』にしかすぎない」

「…だったら好きなことやって死んだほうがよくない?」

「楽しく、気持ちよくやりたいことやって、周囲の人から笑顔を奪わないようにしていれば、特別な存在にならなくたっていいんじゃないの?」

「”死”というゴールは万物全ての生物に共通すること。カネも評価もあの世に持っていくことなんてできない。だったら”納得”して死んだほうが得じゃん」

「人生に意味はない。親の都合で生まれたんだし…。だったら、他の人なんて放っておいて、自己満足を追えばいいんじゃないの」

「誰かに認められようとしなくてもいいし、憧れの”アノ人”に『成ろう』としなくたっていい。ありのままの自分で居てもいいんじゃないの」

なにをそんなに焦っているのか。

なぜそこまで他者と張り合う必要があるのか。

ネット社会、加齢に伴って生まれる”本来なら感じなくてもいいモノ”を、いつの間にか膨大な数ほど背負っていることに気づきました。

不特定多数の人に評価されると、自分は特別な存在だと思い込むようになる

ネットでいいね!や再生数・集客数が増えていくと、「自分って特別な存在」だと思い込みがちです。

特にブログなどで発信する側になってみると、自分がなんだか偉い・ご立派な立場にでもなったんじゃないかと錯覚しやすいんですよね。

実際はどこにでもいるフツーのオッサンです。そこら辺の道を歩いていても誰にも認知すらされない”どこにでもいる30代”なのですが、ブログ運営やってると自分の存在を勘違いしてしまいがちになる。困ったもんだ。

他の人からしたら、僕なんてどこにでもいる”普通の人”です。これが現実。

そう考えると、逆に「特別な存在になろう、価値のある人間に”成ろう”」などと孤軍奮闘する必要もないのかもしれません。

普通にメシ食って、家族と会話して、猫と戯れて、釣りとかゲームとか楽しんで、仕事やって…っていう平凡な生活もそこまで悪くないんじゃないかな、と思ったりする。

死ぬ気で結果を出して、自分以外の”何者”かに成ろうとする必要があるのか。

憧れるのはわかるが、憧れのアノ人に”成ろう”としなくてもいいんじゃないの。

ソレって自分がやるべき仕事なの?

他に同じことやってる人がいるんじゃないの?その人がやるべきなのでは?

自分の心身をぶっ壊してまでやることなの?

あなたには他にやるべき(やれる)ことがあるんじゃないの…などと思考を巡らせてみたり。

そういえば、ついこの間、カズレーザーの動画を観てナルホドと思わされました。

カズレーザーさんの価値観はかなり響いちゃった。

彼は実績を出した上で言っているから僕なんかとは説得力が違いますが、ナルホドと思わざるを得ない。

中でも「スティーブ・ジョブズが居なくなった後でもアップルは業績を伸ばしているんですよ。ジョブズほど特別な存在が居なくなったとしても、世界は進んでいくんですよ」という言葉にビビっときた。

ジョブズが居なくなっても世界は進む。

だったら、無名の僕なんかが居なくなったとしても全く影響はない。

だからこそ、ですよ。もっと好き勝手に楽しんで、気楽に生きていいんじゃないかと思った。

結果(釣果とも言う)にこだわったって、自分が納得できなきゃ意味なんてない。

物事に”意味、価値”を見出せるのは自分自身しかいない。

ことバス釣りにおいては、他者からの評価なんて実はあんまりアテにならないのかもしれません。ネット社会だから余計に、です。

僕の父親は若くして亡くなってしまったのですが、彼が死ぬ前に言った「オレが居なくなっても会社は潰れない。代わりがいる」という言葉の意味を、30代半ばにしてようやく理解できたというか。

そういえば、父が亡くなった年齢と自分の年齢がそろそろ同じになります。しみじみ。彼は何を思って死んでいったのだろう。

なんか必死に「セルフブランディング!とかコンテンツの価値を!」みたいにもがいてしまいがちな現代だけど、フツーに楽しんで死ねればいいんじゃないのかなと思ったりします。

閑話休題。

フィネスとかワームの釣りはそこそこにしておいて、好きなことを楽しくやってりゃそのうちいいことあるんじゃないの、というスタンスで取り組んでもいいのかもしれない。

いずれにせよ、現状の「8割はワームの釣り」になっている感じはまぁまぁヤバい。

あまり楽しくないし、自分のスタンスから逸れてしまっている感なので、本来の釣りに戻したいです。

「ハードルアー縛り」で取り組んでいこうかなとか思ってますが、どうせそのうち『やっぱりワームは必要!』なんつって心変わりするんだろうな。まぁいいか。